どうも、最近、自転車であちこちへ出かけることが多くなったフミです。
今回のお話は、ほぼほぼ雑談です。
またあくまで私個人の考え方なので、勉強方法は100通りあってしかるべきだと思います。
今日は、わざわざ、ふつ勉(ふつうの勉強)がいいよね~っていうことを書こうと思ったのは、
逆転合格の数とふつうに勉強した人(コツコツ)と、どっちが多いんだろうと思ったからです。
100人の学校に、300人の募集があるとします。
今は300番だけれど、がんばって100番になれて、合格!
うれしいと思う。こんな体験。映画の最後のシーンのような。
そんな体験したら、大騒ぎしたくなるよね!
見て見てみんな、僕を見てよ、逆転合格しちゃったんだよ!って。
一方で、10番以内に入ったことなんて一度もないけれど、
だいたいいつも20番~80番ぐらいにいて、そんなにがむしゃらでもないし、不満もない人たち。
20番でも50番でも、300人の学校の中では、満足してますって人たち。
「2番じゃだめなんですか!」と言って、たたかれた議員さんもいましたが、
2番どころかリアルに
「20番でかなり満足」と思っている人も少なくない気もするのですが。
こういう人は、普段、どういう勉強をしているんだろう?
本当に真似しやすい勉強法は、こういう人たちが無意識でやっているようなことではないのかな。
それは勉強法に書いてあることに似ているとは思う。
そんな感じなんだけれど、言葉にすると、ちょっと違うような100通りの方法で。
勉強法を語る人で目立つのは、
こんなに悪かったのに、偏差値40アップとか、
東大首席の〇〇が語る、とか
極端な例が多いと思います。
極端な人が目立つからだと思いますが、
それって本当に「ふつう」なのかな?
そんな本についつい引かれてしまう。
でも、そこでぎゅっと考えてみよう。
世の中には、ふつ~に勉強して、ふつ~に合格していく人がかなり多くいるのではないかな?
まるで石ころのように、目立つことなく合格していく人たち。
「そういうものに私はなりたい」(宮沢賢治!)
そんな勉強方法(というか姿勢ですが)もまた立派な勉強方法ではないかと。
声の大きな人たちにふりまわされずに、静かに静かに、自分の道(方法)を追求していけば
そこにきっと目立たないけれど、確かな光があると思います。
なんて。
毒にも薬にもならない文を書いてしまいました。
こんな性格かなぁ(笑)
ちなみに。
英語では英作文が地味で、地道で、最強だと思います。
僕自身は、中学の頃にあった「文型ドリル」っていうちっぽけな神様にそれを鍛えらえた気がする。
暗記は頑張れば、短期間でもできるけれど、
感覚をつかうのは、早い人と遅い人がいる。
例えば、一時期遊びでテニスを始めたことがあるんですけど、
ラケットの真ん中に当てるまで時間がかかりました。
でも、うまい人って、ほんとにその日ぐらいに感覚つかんじゃうんですよね。
その時間差って大きい。
でも、不思議なもので、僕みたいなタイプでも、続けることで、その感覚をつかむことができるようになります。
暗記だけではない、将来伸び続ける種は
そうした感覚を身につけることだと僕はつねづね思います。
特に英語は言語(身体運動)だから、よくあてはまるのは直感的に分かるけれど、
数学もまた実は、身体的な活動なんかじゃないかなと思う。
ま、運動も学習も、脳ですからね。
PS
昨日の夕方の月は大きかった!
太陽が沈んだすぐ後に上る月は、ちょうど反対側だから満月なんですよね。
携帯では、あの美しさが取れないのが残念だ。
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